ミルク感たっぷりのチョコレイト

ミルク缶とチョコレイトの別館ですよ

窓の話

いろいろあって私の部署に新しく置かれたコピー機はのろのろと動く。なもんで、出力してすぐに席を立ってしまうと必ず待ち時間ができる。私は毎度学ばずに立ってしまう。コピー機から私の席は数歩しかないから戻ればいいんだけど、なんとなくコピー機側にある窓をのぞいてしまう。割と広い窓台のせいで、窓の下を覗くとつんのめるけど、のぞいてしまう。

 

私の会社があるのは梅田のグランフロントでも東京の丸ビルでもないので都会の壮観な景色が見えるわけもなく、しかしど田舎でもないからには目の前は高い建物ばかりで、美しい夜景や夕焼けが見えるわけでもない。

 

ただ、下を覗くと、すごく高い。死ぬほど高いわけじゃないけど、まあまずエレベーターに乗らないとこの高さには来ないよね、落ちたら死ぬよね、というくらいの高さ。すごく高い。

窓をのぞく理由はただそれだけだった。

 

今日もそんな風にのぞいていると、上司になにしてるん、と話しかけられた。すごく困った。窓から見えるイルミネーションを見てるのかと問われた。たしかにそれも綺麗だなと思ったけど、私は高いからのぞいているだけなのだった。

 

いつも思うのだけど、こういうとき、なんて答えたら「変」じゃないんだろう。明確な理由がないことを私はしょっちゅうしてしまう。いや、私には明確に、高いから見てるっていう理由があるんだけど、明確じゃないと思われても仕方ないとも思う。だって、高いところが好きなわけじゃない。私は高いところが苦手だ。友達にパラグライダーに誘われたときは死んでもやりたくないと断った。透明なエレベーターに乗るときはいつもドア側をひたすら見るか、目を瞑っているほどだ。

 

曖昧に答える私に、上司は「飛び降りたいんか」と笑った。(誤解のないように言うけれど、この上司は誰にでもいつだってこの調子だ) 「絶対嫌です」というと、上司は身近に起きた飛び降り案件について語りだした。冗談みたいな話だけど、この上司、今日は親戚の葬式に出て休めばいいのに無理くり出社してきた。喪服のまま。いい式だったといっていたから、さほど悲劇的なものではなかったのだろうけど、喪服で飛び降りについて語る姿はなんだかひどく文学的だった。

 

ところで、私が窓をのぞく理由はもちろん飛び降りたいからではない。落ちることを考えるだけでぞっとする。ジェットコースターもなるべく乗りたくない。このビルの窓は内側から開けることができない仕組みで、だからこそ見てると言えた。もし簡単に開くなら私は覗き込んだりしない。散々いってるけど、高いところが怖いから。これも散々いうけど、私が窓をのぞいてるのはすごく高いからなのだ。

 

変だと思われない方法をいつも探して、怯えながら生きている。でも本当はわかってる。窓をのぞかなければいい。そうすれば誰からもなにもいわれることがない。

 

でも明日、なにかを出力するときには、私はきっと窓をのぞくと思う。すごく高いから。ひょっとすると、私は自分が思っているよりも、豪胆な性格なのかもしれなかった。